それは彼女だけが知る

※『恋バナ!』の続き
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「ウミは何かありました?嬉しいこと」
紅茶を口に運びながら、柔らかい笑みを浮かべてそう尋ねるイーグルに、今度は海が”うーん”と唸る番になった。
同じ国で同じ仕事に就いているイーグルとジェオとは違って、海とクレフはそもそも文字通り生きている世界が違う。多くても週に一度会えるのが精々だ。
ましてやクレフは事実上セフィーロの国主のようなものであり、国内外の問題の一切をその手に引き受ける彼が海だけに割ける時間は、決して多くはない。それを不満に思う気持ちは一切・・・・・いや、2%くらいはあるかもしれない。
けれど、限られた時間の中でクレフは精一杯、海を大切にしてくれていると思っているし、皆からの敬愛を受け、頼りにされている彼を誇らしく思う気持ちがあるのも本当だ。
いつも何かしらの仕事を抱え、休む暇もないのではないかと思えるほど忙しいクレフのーーー

「・・・あ」
ふと脳裏に蘇った光景に、思わず小さな声が漏れる。イーグルは首を傾げることで先を促した。
「えっと、その・・・」
嬉しかったこと。
思い当たったそれに、しかし人に聞かせるには”嬉しい”よりも”恥ずかしい”ほうが大きい話だと、海は一人頬を赤くしながら目を泳がせる。微笑ましげに見守られているようなイーグルの視線が痛い。
あまりにも海がウンウン唸っているので、流石に堪えきれなくなったのか、イーグルがクスクスと笑って口を開いた。
「僕だけ惚気けたままなのは不公平ですよ。ウミも”ご馳走”してくれないと」
「う”・・・」
先程の海の言葉を拾って返され、思わず蛙が潰れたような声が出る。にこにこと話の続きを待っているイーグルの、その笑顔の圧に勝てる人間はそういない。海は観念したように一つ息を吐くと、この間、と口を開いた。

「この間、泊まりに来た時。次の日の朝、クレフがまだ起きてきてなかったのよ。そういう時は手の空いてる誰かが起こしに行くんだけど、その日はたまたま私が頼まれて。それで何気なく”クレフって本当に寝起きが悪いわよね”って言ったら・・・」
海の言葉が止まる。思い出して恥ずかしくなったのか、「うー」と顔を覆って羞恥と格闘しているらしい姿は年相応の少女のそれで、イーグルは”可愛らしいな”と思いながら、二つ目の抹茶クッキーを手に取った。やっぱり美味しい。後でレシピを海に教えてもらおう・・・もちろんジェオが。

「ウミ?」
声を掛ければ、少女は再び観念したように、顔を覆ったまま今度は深呼吸をして話を再開した。
「・・・その場にいたプレセアとカルディナが、”導師はいつもすぐ起きてテキパキ支度を始めるわよ?”って・・・・・・」
「・・・なるほど。」
海の話の意味するところを理解してくれたらしい相槌に、海はこの時ばかりはこの男の察しの良さに心から感謝した。これ以上の説明など、お酒でも飲まなければやっていられない。ーーー未成年なのでまだ飲んだことはないけれど。

「すっっごく・・・恥ずかしかった・・・・・・」

絞り出すように言った海に、イーグルは苦笑しながら「お察しします」とおかわりの紅茶を注いでやる。

「ウミ」
「・・・はい」
思わず何故か敬語になってしまう。顔を覆っていた手をようやく外してイーグルに視線を向ければ、彼は眉を下げて笑って言った。

「ご馳走さまでした」