「よぉイーグル、元気か?」
おおらかな声を響かせながら、ジェオはイーグルが”眠って”いる部屋の扉をくぐる。白を基調とした部屋の中央、円柱に囲まれ少し高くなった床の上の寝台に、イーグルの身体は横たえられていた。
『ジェオ。ええ、元気ですよ』
イーグルがいつものように”心”で答える。元気か、という言葉に挨拶以上の意味はないのは解っているが、療養中の身で”元気だ”と答えるのはやはりどこか可笑しくて、つい声が笑ってしまう。
枕元のすぐ傍まで来たジェオは、そんな恋人の寝顔を覗き込み、撫でるように前髪に触れた。
「いつ見ても気持ち良さそうな寝顔だな。導師は”いつ目覚めてもおかしくない”と仰ってたが、そういう気配とか感覚みたいなものはあるのか」
『どうでしょう。何となく意識が引っ張られるような感覚はたまにありますが・・・』
「ほぉ。そこを魚みたいに釣り上げられりゃいいんだがなぁ」
イーグルの頭を撫でながらジェオが笑う。
『王子様のキスなら目覚めるかもしれませんよ?』
「・・・・・・悩ましいな。それでお前が目覚めるなら飲み込むべきなのかもしれんが、他の男に触らせるのは正直許せる気がしねぇ」
大真面目に呟くジェオの重い声に、イーグルは堪らず噴き出した。確かにジェオは”王子様”ではないが、何故そこで他人が出てくるのだろう。
『それを言うなら、僕もお姫様ではないんですが・・・』
くつくつと笑いながら心で語りかける。
『あれは物語の便宜上”王子”というキャラクターになっているだけで、運命の相手であれば立場は何でもいいんですよ』
「・・・なるほどな」
言外に含まれた意味と意図を察して、ジェオは僅かに熱を持った耳を誤魔化すように、視線をあさっての方向に向けた。
「なら試してみるか。しかしこれで目が覚めなかったら、お前の運命の相手は他にいるってことになるのか?」
『もしそうだったとしても、僕の運命は僕が選びます』
「男らしいな。惚れ直すぜ」
微かに笑い含んだ声で囁くと、ジェオはイーグルの方へ身を乗り出し、ゆっくりと顔を近付けていく。
唇に柔らかな感触。
触れるだけの優しいキスに余計な色はなく、ジェオとてこれで本当に目が覚めるとは思っていなかったが、それでも少しでも早く、あの黄金色の瞳をもう一度見られるようにと祈りを込めた。
時間にして数秒、重ねた唇を離してその寝顔を見つめるが、イーグルの表情に変化はない。
(・・・まぁ、そりゃそうか)
どんな魔法の国であろうと、結局のところ現実はタイミングの問題なのだ。おとぎ話のようにはいかない。
「悪いな、イーグル。お前から選んでもらうしかなさそうだ・・・」
言いかけて、ジェオは動きを止める。目に映る光景に思わず息を呑んだ。
眠っていたイーグルの薄い目蓋が小さく震え、ゆっくりと持ち上げられていく。
二度、三度と瞬いた黄金の瞳がゆるりとジェオを捉えて、嬉しそうに撓んだ。
「・・・おはようございます、ジェオ」
薄い唇が言葉の通りに動いている。久しぶりに聴く彼の肉声。それは乾いた砂が水を吸うように、すっとジェオの耳に馴染んだ。
「・・・・・・イーグル」
「はい」
固まったまま、恐る恐るというように自分の名前を呼ぶジェオに、イーグルは笑んで答える。
「すみません、本当はジェオが来る少し前に目覚めていたんですが・・・驚かせたくて、ちょっと寝たふりをしてしまいました」
「・・・・・・は?」
衝撃の告白に、ジェオはギシッと音を立てて更に固まった。
「だってほら、僕の一日はジェオが起こしに来てくれないと始まらないでしょう?」
時が止まったように硬直し、呆けた顔で二の句を継げないジェオの前で、やたら顔の良い青年は嬉しそうに、いっそキラキラした笑顔で何かを言っている。
動いている。喋っている。
イーグルが。
衛星通信のような時間差で漸く現実に追いついたジェオは、同じく追いついた喜びに任せて一も二もなく目の前の身体に抱きついた。
「イーグルっ・・・!」
わ、と腕の中で小さく声が上がったがそれどころではない。
イーグルの腕がぎこちない動きで上げられ、ジェオの背中に触れる。その身体をジェオは更に強く抱き締めた。
「・・・ジェオ、さすがに、少し、苦しいです・・・」
「うるせえ。お前、このやろう、散々心配かけやがって・・・」
苦笑気味に告げられた声に、悪態をつきながらも腕を緩めてやる。
「すみません・・・本当に、色々と。すみませんでした、ジェオ」
まだ上手く力が入らないのだろう、微かに震える両腕が、抱き締め返すように逞しい背中に回された。その温もりに応えながら、ジェオは様々に押し寄せる感情をどうにか涙と一緒に押し込め、はは、と笑う。
「一瞬本当に運命の相手だったのかと期待したじゃねぇか。俺の純情を返せ、ちくしょう」
「それは、その・・・願掛けというか・・・」
「願掛け?」
言葉尻を拾って問い返すと、イーグルがもぞりと身体を少し離してジェオを見上げる。悪戯がばれた子供のような笑みを浮かべて口を開いた。
「おとぎ話の結末は、ハッピーエンドと相場が決まっているでしょう?」
選んだ運命の結末が、どうか幸せなものでありますように。