別段深い理由はなかった。どうせもうすぐ終わるのだからと、当たれる相手がいないから自分に当たるしかない、と無意識に自棄になったのかもしれない。
とにかくイーグルは一度も吸ったことがない煙草を何となく吸ってみようと思い立ち、どれがいいのかも解らない銘柄を適当に選んで買って来た。
自室の──普段殆ど使われることがない──キッチンで換気扇のスイッチを入れると、知識としてしか吸い方を知らないそれに火を点け、
「っ、う⋯っ」
加減も解らず吸い込んだ煙に見事に噎せる。
思ったより激しく咳き込んでしまい、イーグルは十数分前の己の選択を少し後悔した。これで発作にでもなったら目も当てられない。
幸い、そうはならずに済んだが。
「慣れないことはするものじゃありませんね⋯」
自分に苦笑しながら、点けたばかりの煙草に水を掛ける。ジュ、と小気味良い音を立て、先端に灯っていた光が消えると同時に、不意に部屋の呼び出し音が響いた。イーグルが玄関に向かうより先に、来訪者は自分でロックを解除して入って来る。この部屋の生体認証をクリア出来るのはイーグルの他には一人しかいない。
ジェオだ。
「イーグル、いるか⋯って、どうした、換気扇なんかつけて」
言いながら、ジェオはワークトップに置かれた煙草のパッケージを見つけて眉を上げる。
「⋯遅まきの反抗期か?」
冗談っぽく問われ、この歳でですか?とイーグルは笑った。
「何となく、そういえば吸ったことがないなと好奇心で買ってみたんですが⋯」
「ほぉ、どうだった」
「正直後悔しました」
神妙な顔で告げるイーグルに、今度はジェオが声を上げて笑った。そりゃ何よりだ、と柔らかな髪をわしゃわしゃと掻きまわす。
「もう、何が”何より”なんですか。酷い目に合ったんですよ。自業自得ですけど」
「健康に悪いモンに目覚められちゃ困る。それに」
「それに?」
ちゅ、と脈絡もなく唇が触れた。イーグルは少し驚きながらも、軽い戯れのようなそのキスを受け止める。何度か角度を変えて重ねられた唇から肉厚の舌が侵入してきて、イーグルのそれを絡め取った。
「ん⋯」
思わず漏れた声に腰を強く引き寄せられ、口付けが深くなる。緩く与えられる快感に火が点きそうになったところで解放されてしまい、イーグルは僅かな非難を込めてジェオを見上げると、目の前の男はニッと笑って囁いた。
「煙草でお前の味が濁るのは、個人的に頂けねぇからな」