焼き菓子

「ほれ」
 ジェオの部屋のテーブルに並べられた色とりどりの菓子、ついでに添えられた湯気の立つカップ。
 たった二人で宴会でも始めるのかという様相に、イーグルは小さく笑った。
「本当に全部くれるんですか」
 並んだ菓子はジェオが部屋に隠していたものだ。量から見ても恐らくその全て。
 確かに全部やるとは言われたが、本当に全部を出されるとは思っていなかった。
「おう。部屋に持ち帰ってもいいぜ。一度じゃ食いきれないだろうしな」
「いえ、ここに置いておいてください。どうせ食べる時はここですから」
「お前なぁ」
 ジェオは苦笑しながらイーグルの向かいに腰を下ろす。半刻程度の小休憩に、茶でも飲もうぜと声を掛けたのはジェオだった。
 因みにザズは先のランティスの来訪…どちらかというと襲来だったが、ともかくそれによって破壊された、NSXとイーグルの部屋の天井の修理に当たっているため不在だ。

 イーグルは目の前に置かれた焼き菓子をひとつ口に放り込むと、幸せそうに口角を緩める。ジェオも倣って手近な菓子を取った。
 甘いお菓子に、美味しいお茶、他愛のない会話。愛しい人との穏やかな時間は、侵攻作戦の真っ最中であるという現実を、一時でも忘れさせてくれる温かさがあった。
「お前それ好きだよな」
「ジェオの作るクッキーの方が好きですよ」
「そりゃ光栄です、コマンダー。オートザムに帰ったら好きなだけ作ってやるよ」
 軽口に軽口で返された言葉に、ジェオも気付かない程の一瞬、イーグルは固まった。
「…いいんですか、そんなことを言って。毎日焼く羽目になりますよ」
「太るぞ」
「大丈夫です。僕、代謝は良いので」
 綺麗な顔に極上の微笑みを乗せて告げる上官に、ジェオは少しだけ自分の言葉を後悔したのだった。

 ***

「毎日焼かせるんじゃなかったのかよ」
 白い墓石に刻まれた名前を指でなぞりながら、ジェオはぽつりと呟いた。

 ここに彼が眠っているのかどうか、ジェオには解らない。彼は遺体も何も残さず消えてしまった。
 それでも、イーグルが文字通り命を懸けて愛したこの国に、きっとその魂は自分達と一緒に帰って来た筈だ。
 そう信じることしかジェオには出来ない。

 してやりたかったことは沢山あった。してやれると思っていたことも、その時間も当然あるものだと。
 自分は出来る限りのことをしてやれていただろうか。
 何処かで違う選択をしていたら、彼はまだここにいただろうか。
 そんなことばかりが頭を回る。本当は解っているのに。
 きっと彼は最期の瞬間ですら笑っていただろう。そういう男だ。自分が命を預けたのは。

 墓前には綺麗にラッピングされた小ぶりの袋が一つ、花と共に置かれている。袋の口を結んでいるリボンを、乾いた風が控えめに揺らした。同時に甘い匂いが仄かに鼻を掠める。
「何がいいのか解らんから、勝手に作ったぞ。文句は夢にでも言いに来い。リクエストでもいいぜ」
 小さな期待を込めて、物言わぬ石にそう声を掛ける。ジェオにだって言いたいことは山ほどあるのだ。

 夢でもいい、もう一度。