ジジッ・・・と、小さな灯が薄暗い部屋で仄かに揺らめく。
「似合いませんね」
大きく吸い込んだ煙を吐き出していると、懐かしい声が耳に響いて、ジェオはゆっくりと目を開けた。
もうどこにもいない筈の男が、確かに目の前にいて、くすりと笑ってみせる。
つい数か月前と寸分変わらぬ姿で。
これはジェオ自身が見せている幻だ。解っている。
“それ”はもう、ジェオの手から零れ落ちてしまったものなのだから。あの御伽の国で。
「・・・うるせぇよ」
小さく笑って返せば、彼もまた小さく笑った。
最初に彼が現れた時、ああこれは幻覚だと、特に驚くこともなくすんなりと受け入れた。
あるいは既に自分は壊れてしまっているのかもしれないなと思いながら、それでももう夢でしか会うことは叶わなくなってしまったその人に、こうして会えるのならそれでもいいか、と。
それから毎晩、煙草に火を点ける度に彼は現れた。
どうやら最初の一本が燃え尽きる間しか居てくれないらしいが。
だから火を点けた後は指先で弄んだまま、時折灰を落とすだけだ。
煙草としては全くの無駄だが、吸いたければ二本目を点ければいい。
イーグルは何かをとりとめなく話し続ける日もあれば、何も言わずにただそこにいるだけの日もあった。
それはきっとジェオの精神状態の問題で、そうして欲しいという自分の無意識が彼にそうさせているのだろうと思う。
ジェオが日々を生きている限り、彼が口にする話題もアップデートされていく。
だがどの表情も、仕草も、声も、いつかの記憶の組み合わせで再現したものに過ぎない。
それはジェオの意識と無意識とに関わらず、ジェオが望む言葉を返し、笑う。
何とも滑稽な自慰行為だという自覚はあったが、喪ったという事実を呑み込むには、この国には彼の面影が残り過ぎている。
毎朝目覚める度に、今日は何回呼んだら起きるだろうかと考えて───酷い時には彼の部屋まで行ってから、彼がもういないことを思い出すのだ。
例えばお気に入りだった惣菜屋の前、仕事を抜け出しては隠れて昼寝をしていた中庭、焦がれるように遥か遠い空を見つめていた、監視塔。
未来を信じて疑っていなかった頃の、彼と自分を。
「お前は・・・、・・・あれで、よかったのか」
ぽつりと、意識するでもなくそんな言葉が口を突いた。
しまった、と思わず顔を上げると、彼は一瞬きょとんとして、
「どちらか答えたら、納得できるんですか?」
少し困ったような笑みを浮かべて、どちらとも答えずにそう問い返してきた。
その答えがどちらであっても本当に納得などできるわけがないと、ジェオ自身が理解しているから、彼もまたその答えをくれることはないのだ。
「・・・・・イーグル」
「はい」
手を伸ばす。触れたつもりで、頬をなぞる。
生きていた彼に最後に触れたのは、セフィーロの城に攻め込む直前、到底足りなかっただろう休息の終わりに、眠る彼を起こしに行った時だったろうか。
どれだけ悔やんだかしれない。
誰よりも傍にいたのに、何も気付けなかった自分を、どれほど呪わしく思ったか。
けれど、
「イーグル」
「どうしたんですか」
くすくすと、イーグルが笑う。あの頃と同じように。
笑っている。
自分の中のイーグルが、今も変わらず笑っている。
それなら、きっと。
「お前は本当に、我儘なやつだな」
「なんですか、突然。否定はできませんけど・・・」
「知ってたか?お前の我儘を聞くのは、結構楽しかったんだぜ」
これはジェオの作り出した幻だ。
誰よりもこの国の行く末を案じていた、だからこそ彼にだけは、この国の未来をその目で見届けて欲しかった、そんな想いを消化できずにいるジェオの、願いの結晶のような。
だから、目の前にいるイーグルが何を言っても、それは自分の願望でしかないと、解っているけれど。
「知ってましたよ」
いたずらっぽく、そしてどこか嬉しそうに、こぼれるようにイーグルが笑って、限界まで短くなっていた煙草から、最後の灰が落ちた。