生の涯て

「ジェオは、どうしてまだ僕の世話を焼いてくれるんですか」
「ああ?」
ベッドの上に身体を起こし、ジェオが淹れるお茶を待っていたイーグルからのあまりにも今更な問いに、思わず低い声が出る。
“永遠に覚めない眠り”から無事に目を覚ましたイーグルは目下、セフィーロ城の一角に与えられた部屋で未だ療養中だ。長く眠っていた身体は、すぐに以前のように動き回れるように・・・とはいかず、少しずつリハビリを進めているところだった。
ジェオはといえば、セフィーロ侵攻の後処理やその後の各国との外交など、オートザムとセフィーロとを忙しく行き来する日々。その合間を縫ってはイーグルの部屋を訪ね、現状報告もそこそこに、以前のようにあれこれと世話を焼いていた。

「今更それを聞くのか。逆に聞くが、何で俺がお前の世話を焼いてると思ってたんだ?」
呆れたように溜息を吐きながら、お茶を淹れたカップを両手にベッド脇の椅子に戻る。
熱いから気をつけろよ、と、最早意識せずとも口から出る言葉を添えてカップを渡した。
「それは・・・」
礼を言って受け取りながら、イーグルはジェオの質問の答えを考える。
王子の言葉が正しければ”自分の世話を焼くのが生き甲斐だから”ということになるのだろうが、侵攻以前ならばともかく(と、思えてしまう程度には甘やかされていた自覚はイーグルにもあった)、全てを騙し裏切ろうとした今の自分に、果たしてそこまで想われるほどの価値がまだあるのだろうか?

眠りに就いてから初めて”心”で会話出来るようになった時、そこからようやく目を覚ました時。
そのどちらもジェオは怒りながら、しかし心の底からイーグルの無事を、生きていることを喜び、泣いてくれた。その気持ちを疑っているわけではない。ジェオは元来、懐が広く優しい人だ。それはイーグルが一番よく知っている。
だからこそ。

「・・・僕は、貴方をも裏切って勝手に死のうとしたんですよ」

完全に死ぬわけではない、と試練の場で光には言ったが、一般的に考えればそれが殆ど死と同義であることはイーグルだって解っていた。生きるということは肉体を伴った精神活動だと、何かの本に書かれていたのを思い出す。
呟くように言って手の中のカップに視線を落としたイーグルの頭に、ジェオは大きな手をぽん、と優しく乗せた。
「お前が自分から望んだ終わりじゃない。先に手を掴んできたのは向こうだろ。病気のことを黙ってたのは腹が立つが、ゴールを変えられないならせめて道筋は自分で選びたいって気持ちを責める気はねぇよ」
「・・・・・・」
「俺達は軍人だ。死に方を選べるような職業じゃねぇし、遺す遺されるのだってそうだ。でも俺は、死ぬなら俺が先だと当たり前のように思っていた」
その言葉に、ハッとしてイーグルが顔を上げる。僅かに揺れる黄金の瞳に、ジェオはふっと表情を緩めた。
「お前があの創造主ん中に吸い込まれて、このまま消えるって言われた時に初めて思い知ったよ。俺は万一の時には当然にお前の盾になるつもりでいた。遺されるって立場を当たり前にお前に押し付ける気でいたんだってな。心づもりだけで言えばおあいこだろ」
そう言って笑うジェオに、イーグルはそんなわけはない、と思う。だってイーグルがやろうとしたことは、どこまでもイーグル自身の我儘の為でしかなかったのだから。
「・・・どうして、そこまで、」
掠れた声に、ジェオはおいおい、と大仰に天井を仰いだ。
「惚れた弱みに決まってんだろ、言わせんな」
「は、」

予想しない方向から返ってきた答えに、オートザム最強と謳われたファイター兼コマンダーは、正しく鳩が豆鉄砲を食らったような顔で思わず己の副官を見返した。

ほれたよわみ・・・惚れた弱み??

言われた言葉を反芻し、脳内辞書で意味を引く。そうしてようやく理解したところで、俄に耳まで赤く色付かせたイーグルに、ジェオまでつられて赤くなってしまう。
「おま、その反応は反則だろ」
「だ、だって、そんな・・・初耳です、そんなの」
「そりゃそうだ、初めて言ったんだからな」
羞恥を誤魔化すようにそっぽを向き、ガリガリと首の裏を搔いているジェオを、イーグルは金魚のように口をパクパクさせながら二の句を探した。
だって、つまり、それは。

「ジェオが、僕の世話を焼くのが生き甲斐だって、本当だったんですか・・・」
「なんだって?」
思わずイーグルに視線を戻したジェオに、イーグルは赤くなった顔を隠すように口元に手をやると、王子が、と続ける。
「この間、王子と飲んだ時に。もっとジェオをこき使ってやればいいと言われて、それは流石にもう愛想を尽かされるんじゃないかと言ったら、そう・・・」

何を言ってくれているんだあの王子は。

自分から相談したことは棚に上げて、ジェオは心の内でフェリオに小さく毒吐いた。事実なだけに反論出来ないのが悔しいような、気恥ずかしさがある。
「・・・その通りだとしたら、お前はどうするんだ」
まだ赤みが差したままの顔で、それでも真っ直ぐに見つめてくる新緑の瞳に、イーグルは「え」と珍しく狼狽えたような表情を見せたが、それも一瞬だった。
「・・・自惚れて、いいんですか」
「ん?」
「副官だから、世話役だからというだけではなくて・・・そういう意味で愛されていると、本当に全部貴方は僕のものだって、思っていいんですか」
窺うような言葉とは裏腹に、金色の瞳は強くジェオを射抜いてくる。獲物を狙い定めた猛禽類のようなそれは彼がFTOを駆る時の、戦士としての顔にも似ていた。

こうと決めたら命も懸ける、その強い意志と瞳にジェオは焦がれた。抱いた憧憬が、色を孕んだ愛情に変わったのはいつからだったろう。
自分の腕の中になど到底閉じ込めてはおけないと思わせる、貴く強い光。この美しい鳥には鳥籠の中より大空の下が似合う。
だから、その翼がいつまでも空を羽撃けるように、傍で支えられれば充分だと思っていた。
思おうと、していた。
のに。

「・・・言っただろ、俺の命はお前のもんだ。お前が望むなら人生ごとくれてやる。だから」
言い終わらない内に、長い腕が伸びてきてジェオの肩口に柔らかな色合いの髪がふわりと掛かった。
痛いくらいの力でしがみついてくるイーグルに、ジェオもその背に腕を回して応える。
「言質は取りましたよ。嫌だと言っても、もう死ぬまで離してあげられませんから。いいんですね」
「お前こそ、嫌だと言っても返品は受け付けねぇからな。あと黙って捨て置いてくのも許さねぇ、次は俺も連れてけ。自分のものには最後まで責任持てよな」
「・・・・・・努力します」
「そこは素直に頷くところだろ、こら」
自分よりは幾分薄い身体を引き剥がし、白く柔らかな頬をむにっと抓りあげる。
痛いですよ、と笑うイーグルの両頬を解放してやる代わりに、ジェオはその唇をそっと塞いだ。