色彩

会ったら言いたい事は山程あった。文句も、愚痴も、恨み言も。何せ百ウン十年ぶんだ。絶対に怒ってやる。
 ・・・・・・そのつもりだったのに。

「お疲れ様でした」
 懐かしい声に目が覚める。
 とうに擦り切れたと思っていた、積もっていく時間の分だけ記憶から遠ざかっていった、涼やかで柔らかい穏やかなその声は、しかしジェオの耳によく馴染んだ。
 拓けた視界に映るのは抜けるような青空と、かつてジェオが生涯を賭して支えたいと願った、琥珀の双眸。それが記憶と寸分違わぬ微笑みを湛えて自分を見下ろしている。
「・・・・・・イーグル」
 何十年ぶりに、その名を唇に乗せる。彼が目の前にいることに、不思議と疑問は抱かなかった。
「はい。・・・お久しぶりです、ジェオ」
 嬉しそうに、噛み締めるようにイーグルが答える。
「本当に、お疲れ様でした」
「・・・ああ」
 労るようにもう一度言われて、ジェオは小さく笑った。むくりと身を起こして辺りを見回せば、一面に白い花が咲き乱れている。美しい、と思った。良かった、とも。
 ひとりでいってしまった彼が、せめて美しい場所に居られたことが。
「ずっとここで待ってたのか?」
「・・・勝手ながら」
 冗談っぽく尋ねてみれば、イーグルは少し視線を落とし、自嘲気味に微笑みながら答えた。それを慰めるように、爽やかな風が波のように吹いてきて、揺らされた花から白い花弁が舞い上がる。
 幻想的ですらあるその景色を背に俯く姿は、幼い迷子のようでどこか痛々しく、ジェオは堪らない気持ちになった。ばかやろう、とまるで泣きそうな顔で笑うとイーグルの腕を引き、そのまま自分の胸に閉じ込める。懐かしい温もりに鼻の奥が痛んだ。
「お前も、充分すぎるほど頑張っただろ」
 イーグルは一瞬引き攣ったように息を詰め、身を固くする。
「・・・怒らないんですか」
 その声が僅かにくぐもって聞こえるのは、ジェオの胸に頭を押し付けているからだろうか。
「僕は、あんなにも勝手に、あなたを」

 何も告げなかったこと。
 その手を振り払ったこと。
 置いていったこと。
 それなのに未練がましくもずっと、こんな所で。

「もう時効だ、許してやる」
 でも二度目は無いからな、と笑う声は少し濡れていて、だからイーグルもつられて笑ってしまった。ジェオの胸元に染みを作りながら。
「・・・甘すぎませんか、僕に。とりあえず一回くらい、殴っておいてくれてもいいんですよ」
「泣く子には勝てないって言うだろ」
「・・・恋愛は惚れた方が負け、ではなく?」
「そうとも言うな」

 一瞬の間を置いて、二人同時に噴き出す。
 ああ、何て愛おしいのだろう。
 もう一度会えたら、言いたい事が山程あった。文句も、愚痴も、恨み言も。
 そしてそれ以上に、百何十年ぶんの。
「イーグル」
「はい」
 呼ばれて顔を上げたイーグルは、意図を察して嬉しそうにそっと目を閉じた。