※『ギムレットには早すぎる』の後日談。
Fate/zeroのセイバーの「滅びの華を誉れとするのは武人だけだ」って台詞が好き過ぎてクレフさんに言わせたかっただけの話。
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ふと。
本当に何気なく、言っただけだった。
倒れた時のことを覚えているかと聞かれて、記憶を巡らせながら。
「世界がまるで薄い膜の向こう側になったような感覚の中で、ジェオの声を遠くに聞きながら・・・”戦って死にたかったな”と、ぼんやり思ったことは覚えています」
と。
そう、少し笑って答えてみせた自分に。
齢745を数えるらしいセフィーロ最高位の導師は、卵型の椅子に凭れたまま俄に眉間の皺を深め、低めた声で静かに言った。
「お前の誇りも生き方も、否定するつもりはないが。・・・滅びの華を誉れとするのは、武人だけだ」
予想しない方向からの言葉にその意を図りかね、思わず瞠目してしまう。
どこか苦しそうにも見えるその表情はイーグルを見ているようでいて、その実ほかの誰かを想っているようにも見えた。
745年。
イーグルには想像もつかない時間だが、平均的なオートザム人の寿命で考えても、人生およそ五回分。
その途方も無い時間の中でどれだけの死を見送ってきたのか、やはりイーグルには想像がつかない。
何と答えるのが正解なのか僅かに逡巡して、結局イーグルはただ己の正直な気持ちを告げることにした。それがいま自分に示せる唯一の誠意のような気がしたからだ。
「・・・導師クレフ。僕は死に方を選びたかっただけで、死にたかったわけではありません。・・・この命を繋いでくださったこと、感謝しています」
真っ直ぐにクレフを見据えてそう告げるイーグルの表情には、自嘲も諦観もなかった。ただ穏やかな、それでいて芯の強さを感じさせる笑みに、クレフが安堵したかのように「そうか」と和らいだ声音で返す。
「可愛い弟子の”一生の頼み”が無駄にならずに済むなら何よりだ」
「え?」
笑って立ち上がった導師の言葉に、琥珀の双眸がきょとんと瞬いた。
「弟子、とはランティスのことですか?彼が何を・・・」
「さぁ、これ以上言うと恨まれそうだからな。本人に聞いてみるといい」
くつくつと笑って持っていた杖を振るうと、部屋の扉が軽やかに開かれる。その向こうに立っている黒い人影に、クレフはイーグルを振り返りウィンクをひとつ寄越すと「ではな」と踵を返した。
すれ違いざまに入ってきたランティスが、イーグルにしか解らない程度に表情筋を動かす。
“何を話していた?”という顔だ。
その背後でパタンと扉が閉まる。
イーグルは何となくクレフの言わんとしたことを察して苦笑した。それを見たランティスが更に疑問符を浮かべるので、さてどうしたものかと考えながらその長身を見上げ、にっこりと笑ってみせる。
きっと彼は(やはり自分にしか解らない程度に)気まずそうな顔をして、まず視線を逸らすのだろう。
「ありがとうございます、ランティス。導師に”一生のお願い”をしてくれたそうですね?」
告げられた言葉に紫の瞳が僅かに見開かれ、イーグルの予想通り、ランティスは視線を窓の外に泳がせた。
くすくすと笑う吐息にじとりと視線が帰ってくる。
(・・・本当に、感謝しています。導師クレフ)
あの日本当は選びたかった未来が、今ここにあることを。