白光の続き。
帰投したFTOの格納庫、コクピットハッチへと伸ばされた足場に、見慣れた大きな人影が近付いてくる。
まだコクピット内でシャットダウンの作業をしていたイーグルは、スクリーン越しにその人影を認めると琥珀の双眸を僅かに伏せ、小さく息を吐く。
わかってはいたものの、できれば今は、ジェオと顔を合わせたくはなかった。
大義名分はこちらにあった。少なくともイーグルが所属するオートザム国軍、ひいては大統領府はそう断じている。
それでも、一方的な殺戮とも呼べるような任務を無感情に遂行してきた自分が、あの温かい腕に迎えられ、無事を喜び労われるのは、酷く不相応な気がしてしまう。
自分だけがどうしようもなく汚れているような、心がささくれ立つような感覚が拭えない。
とは言え、いつまでもコクピットに閉じ籠もっているわけにもいかないと、イーグルはもう一度息を吐いて心を決め、ハッチの開閉スイッチを押した。
ゆっくりと外の光が差し込んできて、すぐにそれは大きな人影に遮られる。
同時に聞き慣れた声が耳に届いて、イーグルは逆光に目を細めるふりをしながら、努めていつものように笑みを作った。
「お疲れさん。一応確認するが、怪我は?」
「ありません。・・・ただいま帰りました」
「おう。おかえり、イーグル」
安堵を滲ませた笑顔で、ジェオがごく自然に手を差し出してくる。イーグルは彼に気付かれない程度の一瞬、躊躇ったものの、その大きな手に自分の右手を重ねると、引かれるようにしてFTOから降りた。
「おっと、」
地に足がついた途端ふらついたイーグルを、逞しい腕が危うげなく抱きとめる。イーグルとて決して小柄ではない筈だが、咄嗟のことにもジェオは体勢を崩す様子もなく、自分より頭一つぶん低い身体を支えたまま顔を覗き込んだ。
「大丈夫か・・・って、なんか顔色悪いな。具合でも悪いのか」
「いえ・・・〝あれ〟を撃つのにだいぶ精神エネルギーを使ったので・・・」
すみません、と申し訳なさそうに笑うイーグルに、〝あれ〟と聞いたジェオの表情が苦いものに変わる。元々彼は今回の任務の内容を聞いた時、「無茶苦茶だ」と憤っていたのだ。
常人には到底扱えない、莫大な精神エネルギーを要求する兵器をイーグルに使わせることも、問答無用でレジスタンスの基地を焼き払わせることも。
出来るから、やる。
やれと命じられれば、軍人である自分達に拒否権はない。それを承知の上でこの仕事を選んだのだ。
それでも、時にイーグル一人に汚れ役のような真似をさせる上層部に対し、怒りを抱いてしまうのは止められなかった。同時に、その役目を代わることも、分かち合うことも出来ない自分が酷く呪わしく、悔しい。
体勢を立て直したイーグルは、難しい顔で黙り込んでしまった副官を見上げる。僅かに揺れた新緑の瞳が押し殺したであろう葛藤を察して、己を支える太い腕にそっと自分の手を重ねた。
───いつだってジェオはこうして自分を想い、身を心を案じ、帰りを待っていてくれる。イーグルの帰る場所で在ってくれる。
だから、自分は戦えるのだ。世界とでさえも。
そう再確認すると、イーグルはささくれ立っていた心が凪いでいくのを感じた。ジェオを見上げたまま、琥珀の双眸が柔らかく弧を描く。
「・・・そういうわけで、ジェオ。お腹が空きました」
「・・・・・・お前なぁ」
何がそういうわけなんだ、とジェオは脱力したように大きく天を仰いだ。
しかしすぐに表情を緩めると、イーグルの頭をわしゃわしゃと撫で回しながら笑う。
「まぁ、食欲があるなら何よりだ。好きな飯作ってやるよ、何が食いたい?」
「あ、じゃあこの間作ってくれたプリンのパフェ、あれがいいです」
「飯だっつってんだろ」
呆れた顔でベシッと頭を小突かれて、イーグルも楽しげに笑った。
「あ、それと」
「ん?」
不意にイーグルが背伸びをして、ジェオの耳元に顔を寄せる。
「精神エネルギーも、充電させてくださいね?」
にっこりと笑う上官の囁きの意味するところに、ジェオは赤くなった顔を隠すように手で覆い、再び天を仰いだ。