Your coler

フォロワー様のツイートから捏造したクリスマス?ジェオイ。





“欲しかったんだ”と、彼がそう言ったから。

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何度目かに降りたトウキョウの街は、至る所に赤と緑を基調にした装飾が施され、行き交う人々もどこかそわそわと浮足立っているように見えた。
陽気な音楽にシャンシャンと涼しげな音が重なり、時折「メリークリスマス!」と老年の男と思しき声が響く。
四季というものがあるらしいこの国は今、一年の中で最も寒くなる冬という季節なのだとヒカルが言っていた。間もなくクリスマスというイベントがある、とも。
オートザムも近隣の他国に比べれば気温は低いほうだったが、なるほど今のトウキョウは祖国のそれよりも遥かに寒い。歩くほどに後ろへと棚引く白い吐息が、一層空気の冷たさを感じさせた。

ジェオとの甘味巡りですっかりこの辺りの地理にも慣れたイーグルは、迷いのない足取りで目的の店へと向かう。いつもは大抵ジェオと一緒に楽しんでいたトウキョウ散策だったが、今日の彼は一人。
―――ジェオには内緒で、買いたいものがあったからだ。
クリスマスとやらには馴染みのない身であるものの、これから買うもの、そしてその先のことを思い浮かべるイーグルの足取りは、街行く人々に負けず劣らず弾んでいた。

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カラン、と扉に付けられたベルが来客を告げる。いらっしゃいませ、と入口へ営業スマイルを向けた店員達は、入ってきた男を見て一瞬動きが止まった。

(え、何あのイケメン)

心の声がハモる。そう広くはない店内にいた他の女性客達もまたーーーパートナーと連れ立っている者でさえーーー何気なく入口を見遣って固まった。
恐らく180cmはあるだろう長身に、殆ど白に近い色素の薄い髪と金色の瞳。それだけでも日本では珍しかったが、何よりもハリウッドスター以上に整った美しい顔立ちに、思わず顔を赤らめる。
そんな視線には慣れているのか、男は特に気にした様子もなく、一つのショーケースの前で足を止めると真剣な表情でそれを覗き込んだ。
近くにいた女性店員がすかさず笑顔で声をかける。

「何かお探しですか?」
「ええ、ちょっと・・・これは男性が着けても大丈夫なものですか?」

(うわっ、声もいい・・・!)

再び店内の人間の心の声がハモった。
「はい、こちらのケース内はユニセックスの商品となっておりますので、男性でも女性でもお使い頂けます」
内心がどうあれ接客のプロである。冷静を装って笑顔で答える店員に、彼は安堵したように表情を緩めると「では、この一番上の右から4番目のものと、その下の左のものをお願いします」と柔らかな声で告げた。
軽く微笑む男を正面から見てしまった店員は、崩れ落ちそうになる腰と膝を何とか律し、「か、かしこまりました・・・!」と上擦った声で応えると、真っ白な頭をフル回転させ、サイズの確認やら在庫の用意やらと、どうにか会計までを済ませる。
お待たせいたしました、と商品の入った紙袋を差し出した店員に、
「ありがとうございます」
と嬉しそうに笑って店を後にした男には、残された店内の人間達がその笑顔の威力に暫く動けなかったことなど知る由もないのだった。

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「ジェオ」
「お?なんだイーグル、出掛けてたのか?」
地球の装いでNSXへと戻った司令官に通路で呼び止められ、ジェオは「誘ってくれりゃよかったのに」と僅かに肩と声を落としたが、すみませんと笑う琥珀の瞳がやけに嬉しそうなので、まぁいいかと気を取り直した。
「で、何してきたんだ?」
「まだ内緒です。ひとまずお茶にしませんか?芋ようかんも買ってきたんですよ」
そう言ってにこにこと紙袋を掲げる上官に、芋ようかんと聞いて目を輝かせたジェオは「よし、リョクチャ淹れるか」と茶葉の仕舞い場所を頭の中で確認しながら、自分の部屋へと歩き出す。イーグルもその後を追った。

NSXは戦艦だが、長期遠征ともなれば乗艦するクルー達にとっては生活空間にもなる。24時間稼働の食堂は用意されているが、一定の階級以上の士官の部屋には簡易キッチンが備え付けられているため、自炊することも可能だった。
当然、最高司令官であるイーグルの部屋にもキッチンが備わっているわけだが、残念ながらというべきか、現在までのところその稼働率はゼロに近い。
逆に艦一番の稼働率を誇るのがジェオの部屋のキッチンだ。

「芋ようかん、焼いて食うよな?」
「ふふ、すっかり気に入ってますね、その食べ方」
二度目に買い求めた時、トースターで焼いてバターを乗せても美味しいよ、と店のご婦人に教えられて試したところ「もう他の食い方に戻れねぇ・・・」といたく感動したジェオは、以来すっかり焼いて食べるのが定番になっている。もちろんイーグルもお気に入りだ。
因みに最近はそこにアイスを添えるという、更に強力なコンボを知ってしまった。

「アイスもお願いしますね」
「任せとけ」
悪戯をする子供のような笑顔で答えると、ジェオは早速受け取った芋ようかんをトースターにセットし、緑茶を淹れる準備をする。
イーグルはといえば、いつものようにちょこんとソファーに座り、大人しくお茶の準備が終わるのを待っていた。別に手伝いが出来ないわけでも、するつもりがないわけでもないのだが、彼の世話役でもあるジェオが「いいから座ってろ」と毎回言うので、今や最初からありがたく任せている。
イーグルはジェオが甘やかしてくれるのが好きだったし、ジェオもイーグルを甘やかすのが好きだったので、Win-Winというやつなのだ。これでも。

「お待たせいたしました、司令官」
二人分の皿とお茶をトレーに乗せて戻ってきたジェオが、イーグルの前に恭しく芋ようかんとカップを置く。くすくすと笑いながら礼を言い、ジェオが席に着いたのを合図に「いただきます」と手を合わせた。
芋ようかんにフォークを入れ、ひとくち分のアイスを乗せて口に運べば、バターの香りと共にそれぞれの甘みが口内に広がる。幸せそうに頬を緩めるイーグルを見遣りながら、ジェオも倣ってひとくち食べると「美味いな」と笑った。
笑顔で頷き、もう一口。芋ようかんの熱で少し溶けたアイスとの相性が絶妙だ。
和と洋のスイーツコラボを堪能しつつ、クリスマスを控えて賑やかさを増した街の様子をイーグルが語るのを、ジェオは時折相槌を打ちながら聞いていた。楽しそうな様子が愛おしく、いい息抜きが出来たようだと安堵もしながら。

「それで、」
言葉を止め、イーグルは自分の横に置いていた紙袋から掌に収まる程の小さな箱を取り出すと、ジェオに差し出した。
「お土産です」
にっこりと笑う顔は街の様子を語っていた時以上に楽しそうだ。
礼を言って受け取り、綺麗にラッピングされたその箱を矯めつ眇めつしながらジェオが口を開く。
「さっき内緒だって言ってたのはこれか?」
「はい」
「開けていいか」
「もちろん」
まるでイーグルのほうがプレゼントを貰った子供のように、何故か期待に満ちた瞳でこちらを見ている。
まさかバネで飛び出すビックリ箱じゃないだろうな、などと思いながら、ジェオは箱に巻かれたリボンを解いた。丁寧に包装紙を剥がし、裸になった小箱の蓋に手を掛ける。
ちらとイーグルを見れば、早く、と言わんばかりの笑顔が向けられた。

(・・・まぁ、これだけ嬉しそうな顔してんなら、ビックリ箱でもいいか)

そんなことを思いながらそっと蓋を開けると、箱から飛び出して―――もとい、視界に飛び込んできたのは、シンプルなシルバーの細身のリングだった。

「え」
思わず声が出る。
目の前の男に視線を向ければ、琥珀の双眸が柔らかく弧を描いた。
「内側を見てください」
「内側?」
箱から取り出し、言われた通りに内側を見てみると、箱に収まっていた時はちょうど裏側になっていた面に小ぶりの石がひとつ、埋め込まれていた。
深い黄色。いや、どちらかといえば琥珀色の―――そう、例えるなら、まるで。

「イーグルの色だ」
考えるでもなく、そんな言葉がつい口を突いた。
そのジェオの反応に、我が意を得たりといった顔でイーグルが満足そうに笑う。
「この色の身に着けるものが欲しかった、と言っていたので」
これならいつも身に着けていられるでしょう?と笑みを深めると、イーグルは先程の袋からもう一つ、色違いのリボンが巻かれた同じ小箱を取り出した。
「それは?」
「僕のぶんです」
ふふ、と嬉しそうに笑いながら蓋を開ける。
果たしてそこにはジェオのものと同じ、シルバーのリングが収められていたが、細い指が取り上げて見せたその内側には、新緑のような明るい緑色の石が埋まっていた。

「綺麗でしょう?」
「・・・・・・お前、ってやつは・・・本当によぉ・・・・・・」
その色が何を意味しているのか、流石に言われなくても解る。耳まで赤くなった顔を隠すように、ジェオはテーブルに乗せた腕に突っ伏した。
くすくすと心地の良い笑い声が頭上から降ってくる。
「ジェオが先に散々言ったんですよ。ハチミツも、帽子も。僕の瞳の色だから好きだって」
「・・・言ったけどよ・・・」
「お気に召しませんでしたか?」
そう言われては顔を上げて答えるしかない。うぐぐ、と呻きながら観念して腕から顔を上げる。
「・・・・・・嬉しいよ、決まってるだろ」
「よかった」
からかう色のない純粋な安堵の声に、ようやくジェオにも笑顔が浮かんだ。
「ありがとな。大事にする」
そう言って握り締めたままだったリングを、グローブを外して薬指に通してみる。怖いくらいにぴったりだった。

「・・・ところで、何で俺の指のサイズなんか知ってんだ?」
リングの嵌まった指を徐に照明に向けて翳しながら、ふと浮かんだ疑問を口にすれば、最高司令官である男は悪びれなく笑って答える。
「NSXのメインコンピュータには、クルーの3Dスキャンデータも登録されてますから」
「職権濫用じゃねぇか」
「人聞きが悪いですね。ちゃんと正規の手続きを踏んで閲覧しましたよ」
「ほー、閲覧理由は何て申請したんだ?」
「軍事機密です」

僅かな沈黙。
ふはっ、とどちらからともなく噴き出した。全くこの司令官は、と笑いながら、ジェオは愛おしそうにリングを見詰める。
「確かにグローブしちまえば、着けてても傍目にはわかんねぇだろうな」
「ええ。僕達だけの秘密みたいで、いいでしょう?」
自身も薬指にリングを嵌めて見せながら、イーグルが楽しそうに言う。まして石が埋め込まれているのは内側だ。外さなければ誰にも見えない。

貴方[おまえ]の色は、僕[おれ]だけが知っていればいい。

照明の光を反射して、揃いのリングが鈍く輝いた。

●END●